「ペットショップで働いてペットのお世話しながら、小さなライブハウスを建てたいです!」
なんて予備校の面談で言っていた当時17歳の私。担任の先生に笑われた。
「そんなこと言ってないでもっと真剣に将来を考えなよー。」
あ、そうか。こんなふわふわな考えじゃだめなのか。
動物も音楽も大好きだけど、なんとなく“違う”と言われたようだ。
「良い大学へ入ったら、良い会社に入れます。なので教科書に沿った勉強を頑張りましょうね。」
色んな人からこのように教わった。
私も笑われたあの日から、良い大学進学を目指して素直に勉強したのである。
18歳。大学に入学した。学部の同学年が4000人ほど。キラキラした人たちに目が眩んだ。
1年生の時から周りの子は“インターン”を口にした。
広告会社。金融。旅行代理店。誰でも知っている会社のインターンに応募した、受かったなどの会話を聞いては、漠然と焦っていた。
「みんなに置いてかれてしまう。。」
2年生になった。授業でも“就活”のワードが少しずつ増えてきた。将来の話になるとごく当たり前のように「なにがしたい」ではなく「なんの“業界“に入りたい」の話になった。ES
に書けそうな活動を探しては選考を受けていくスタイルが周囲の“普通”のあり方だった。
3年生。周りが一気に就活を始めた。大学の友達はみんな髪の毛を黒く染めた。将来「なにがしたい」かが見えておらず、私は就活をする気持ちになれなかった。ただでさえ大学の成績が悪い私は自分に自信を持てていなくて、一回就活を始めてしまうと“競争のスタートライン”に立ってしまうんじゃないかと怖かったのが正直なところ。このまま周りに合わせて、必死に置いていかれないようにすることがとても嫌だった。
そんなタイミングで、陸前高田市広田町と出会った。
初めてきた時から、窮屈だった心が解放された感覚があった。直感的に「帰りたくないなぁ」と思った。
「やりたいこと」を一生懸命やっていて、そして感情豊かに楽しそうに生きている人たちがそこにはいた。
豊かな自然があった。広大な青を目の前に、海は広いな、と改めて感じた。畑作業を毎日繰り返し、色とりどりの野菜を収穫している人がいた。
そんなことに心が惹かれ、気づけば毎月通うようになった。
そこから2年間広田町に通い、活動をしていた時のこと。
就活をしないで広田町へ行ってばかりの私は、大学の友達からとても心配されていた。
いよいよ、卒業後はどうしようか、そのことがリアルに降ってきた。
どうしたいか。
これから人生をどう創っていきたいか。
“正解”らしく見えていた道筋、“普通”だと言われてきた企業への就職。
でも、自分にとっては関係なかった。
関係ないと、出会った人たちに教えてもらった。
広田町にたくさん通ってわかったことがある。
それは、私は自然に身を置いている時が幸せに感じるということ。
田舎が好きで、田舎をもっと知りたいということ。
人と笑っている時が好きだということ。
何かのためを思って人と共に一生懸命になることは楽しいということ。
挑戦することはドキドキするし、楽しいということ。
他にもたくさんあるけど。
たしかな“好き”や“幸せ”を信じて、選んでいきたいと思った。
自分のやりたいことに挑戦している人がかっこよく見えて、私もそうなりたいと思った。
心から湧き出る好奇心や、直感にしたがって生きてみたいと思った。
そして直感的に、「ここで暮らしがしてみたい」と思った。
「ペットショップで働いてペットのお世話しながら、小さなライブハウスを建てたいです!」
なんて予備校の面談で言っていた当時17歳の私のように、
「自分自身が広田町で豊かな暮らしを楽しみながら、この町の暮らしを知ることができるゲストハウスを作りたいです!」
といつの間にか言えるようになっていた。
それは間違いなく、ここで生きる人たちの挑戦する姿に惹かれ、
「こんなこと、やりたいです!」と言ったことで町の人と共にできた経験があって、
何より笑わずに「いいね!やろうよ!」と背中を押してくれる人がいるから、だと思う。
本当は“えらい”とか“うまい”とか“すごい”とかそんなのは関係なくて
“普通は〇〇”なんてそんなことは無いんだ
と、そう思う人が増えたら良いなと思う。
競争的な世の中ではなくて、それぞれを認め合える世の中であって欲しいと思う。
普通の仕事?
普通の人生?
そのイメージから離れられたからこその、ワクワクする未来がある。
きっとそう。
そんなことをぼやっと思いながら、これからも毎日をドキドキ楽しく生きていきたい。