スタッフインタビュー~山本奈名美さん~

こんにちは🌞

今期『Change Maker Study Program (CMSP)』の広報を担当させていただいている

ゆうみです!

 

今回は、現在スタッフとして活動してくれている「山本奈名美さん(ななみん)」

のインタビュー記事の回になります👏

このインタビュー記事を通して、CMSPの活動の奥深さや可能性、活動しているスタッフメンバーの想いを知っていただけたら嬉しいなと思っております!

 

なぜななみんをインタビューさせていただいたのかというと、CMSPに出会って大きく成長していくななみんの姿を間近で見て、とても感銘を受けたからです…!

ななみんがCMSPの活動のどのような点に影響され、どのように考え方や行動に変化が生じてきたのか、気になりませんか!?

 

さて、前置きが長くなってしまったのですが、早速インタビューに入りたいと思います!

 

 

Q)ななみんがスタッフ活動をする前、CMSPのプログラムに参加者として参加してくれた時のきっかけを教えてください!

A)  最初はスタッフとして活動している大学の友人が声を掛けてくれて、その時サークルとか入っていなかったから挑戦してみたいと思いました!

そこで説明会に参加してみて、その説明会がアットホームですごく温かくて居心地の良かったから参加しようと思いました!

 

Q)  実際にプログラムに参加してみて感じたことや印象に残ったことを教えてください!

A)   最初は、町づくりと人づくりは難しいことだと身構えていました。でも実際にやってみたら「自分にできることをその人のためにしたらいいんだ」ということに気付きました。

そして、短い期間で試行錯誤したあの時間を経て『しあわせのおとも(町を紹介する冊子)』を作り町の方にお見せした時、町の方が涙組んで喜んでくれて、自分のしたことで感動与えられたんだと自分も感動しました。

仲間で一つのものを作って、相手に届けて感動を与えるというのは高校生の部活ぶりに感じ

た感覚でした。なので、心から楽しい!と感じました。

 

 

Q) スタッフになろうと決断した背景を教えてください!

A)  夏に参加していたプログラムが終わって学校だけの日々に戻った時に、私は「誰かと一緒に成し遂げることが好き」だと再確認しました。また自分たちが行ったアクションに対して、町の方が感動してくれた姿が自分の中にとても残っていました。話し合いの時に肯定してくれる皆の雰囲気などからも、スタッフやってみたいと思いました!

正直スタッフとして活動すると、忙しくていっぱいいっぱいになることは分かっていたけれど、自分が参加者としてプログラムに参加した時の5日間が心から楽しかったから、できるならやりたい、「今しかできないことを優先しよう」と思いました。

 

Q) 今の志(スタッフの活動を通して〇〇を実現したい!など)を教えてください!

A) CMSPの活動の中でも、矢作町での活動は始めたばかりだから繋がり増やしたいです!

あとは、正面から向き合って納得できるアクションがしたい!100%町のためになることをしたいです!!良いチームも作っていきたい!

 

今回のインタビューは以上になります!

いかがでしたでしょうか?☺

ななみんの熱い想いが伝わってきたのではないかなと思います!✨

インタビューをしており、ななみんがCMSPに出会ってくれて本当に良かったなととても感じました。

ななみんの志を一緒に達成していきたいですね☺

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

(ななみんのチームメンバーの写真です✨)

「出会いが人生をつくる」

人生のターニングポイント。人生の転機。

 

生きている中で、人生が大きく変わる出会いや選択って、どれくらいあるんだろう。

 

 

今、広田町で生きる私にとって、

大学2年生の夏、SETが主催するCange Maker Study Program(以下CMSP)に参加し、広田町に出会ったことは、

まぎれもなく、私のターニングポイントだったと強く思う。

自分の人生が動き出す大きな出会いだった。

 

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大学2年生だった当時の自分は、

高校生まで打ち込んでいた部活動がなくなり、本気で熱くなれるものを探し続けていた。

同時に、「出来ること」が無い自分、他の人と比べて劣っているように感じる自分に対して、自信を失っていた。

大きなキャンパスの中で、自分の存在が埋もれている感覚だったのだ。

 

やりたいことはぼんやりしていたけれど、とにかく少しでも成長したかった。

挑戦してみたかった。

 

 

たまたまた入っていたサークルの先輩からCMSPの話を聞き、

悩みに悩み続け、参加することを決める。

 

そこで、広田町の方との出会い、SETの仲間との出会いがあった。

 

 

広田町の方との出会いを通して

肩書きや、損得ではなく、「髙橋理沙」という1人の人間として接してもらうことの嬉しさを知った。

そして、自分がどれだけ、それまで出会う人たちのことを肩書や損得で見ていたか、ということを知った。

 

仲間との出会いを通して、

私の綺麗にまとまった言葉ではなく、

素直な言葉を聞きたいと、話してほしいと、言葉を伝えてくれる優しさを知った。

そして、少しずつ、自分の言葉を通して相手のためになりたいと思うようになった。

 

文字にすると当たり前のようなことだけれど

私にとってはとても大きな気づきと成長だった。

 

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この大学に入ったこと、

このサークルに入ったこと、

CMSPに参加すると決めたこと、、、、

 

自分でたくさんの選択肢から決めたこもあれば、

自分の意志とは関係なく決まったことも、既に決まっていたこともあった。

 

どの選択が、どの出会いが

自分の人生にとってどんな影響を与えるかなんて分からない。

それに、すぐ分かるものでもない。

1週間後、1か月後、あるいは5年後、分かる時もある。

 

 

私は大学生になりたての頃、

やらない選択をとったことで非常に後悔した出来事があった。

そこから、「やらない後悔はしない」ということを大切にして生きるようにしてきている。

 

どの選択をしても、後悔はするものだと思う。

でも、やってみての後悔とやらなかったことへの後悔は全く違う。

 

今の私は、5年前に広田町に出会った自分にとって、

想像もつかない人生を歩んでいる。

 

全ての人が望む未来ではなかったかもしれないけれど、

私は、これで良かった。

自分の人生を自分で生きている、と思えている。

そう思えている自分が、今、ここにいることに心から良かったと思っている。

(…まだまだ悩むこともたくさんありますが。笑)

 

 

人生、いつ、何があるか分からない。

自分の心の声に耳を傾けて、素直に動いてみたら、何か変わるかもしれない。

 

どんな経験も、きっと自分を成長させる大切な時間になると思う。

自分の立っている場所

はじめまして。神奈川県横須賀市出身の石渡博之です。

現在、陸前高田市広田町に移住して5年目になりました。

大学生1年の春に1週間広田町で過ごし、毎月通うようになった学生生活。

そこから自分の生きる地域としてこの広田町を選び、2017年4月に移住してきて現在に至ります。

 

大学1年生の僕は、「知らない世界」を知りたい欲求が非常に高まっていました。

 

特に、日本。

 

海外留学の案内パンフレットには笑顔満載の写真や綺麗な風景などが数多く載せられており、海外に行くと「知らない世界」を知ったぞ感がどこか漂っているなあと感じていました。そんなパンフレットを横目にキャンパスライフを過ごしながらも、まず自分の国のことをどこまで自分は知っているんだろうか。ということを考え始めました。

 

考え始めたきっかけは大学での講義や様々な人との出会いです。

大学では歴史の勉強をしていましたが、それまで暗記でしか向き合ってこなかった日本の歴史の奥の深さを感じました。

歴史から現代社会の構造やこの先の未来では何が起こりうるのかをたくさん考えさせられましたが、これまでの日本の教育での歴史の扱い方に疑問も大きくなっていきました。

 

「自分が立っている地のことを知らず、世界を語っていいのか?」

 

 

そこで飛び込んでみた、陸前高田市広田町。

圧倒的に出会ったことのない日本の姿と出会うことになりました。

 

田舎の風景は、視覚だけでなく、聴覚や嗅覚、風の流れによって触覚も刺激されました。

 

そして、郷土料理や町の方の想いがこもった料理で触覚も。

 

五感で日本の一面を感じることができました。

五感で自分が生きてきた地域の延長線上にある世界を知りました。

 

「自分が立っている場所の先には何があるんだろう?」

もっといろんな日本の一面と出会うことの欲求が高まりました。

 

 

それと同時に僕の中で「この日本でどう生きていくか」ということを考え始めました。

 

たまたま出会った陸前高田市広田町。

何かに専念したかった僕は、毎日悩みながらもこの場所に毎月通い続けました。

この先、この場所で生きていく確信があったわけではないけれど、仲間たちがいて、町の方々もいて、新しい出会いがあって。

僕にとってはこの広田町を通して知らなかった日本を知る一歩になっていきました。

 

自分の生きてきた場所から、生きたいと思える場所との出会い。

自分の人生に期待を込められるのは、自分の踏み出した一歩と、歩み続ける二歩目以降の素直な欲求なのだと感じました。

 

 

初めて出会った土地と、自分のこれまでの人生と、周りの人々の存在が絡み合っていることで、「知らない世界との出会い」というより、「思い描いてこなかった世界」を想像することができました。

 

 

そうして現在もこの広田町で暮らしています。

2020年の4月より、大学卒業後陸前高田市に移住をしています、戸谷咲良と申します。

今日は、陸前高田に初めて来た一週間の時のお話をできればと思います。

 

■CMSPに参加した理由

私がCMSPに参加をしたのは、大学一年生の夏休みでした。

高校時代に大学受験の勉強を頑張り、無事に第一志望の大学に合格。しかし始まった大学生活で、思うように毎日を楽しめずにモヤモヤしていました。(選んだ学科が自分に合っていなかった、クラスというものがなくなり人間関係が希薄化してしまったことに寂しさを感じていた)

 

「自分が変われば、もっと毎日を楽しく生きられるのではないか」「人との繋がりが濃くある田舎への憧れ(出身は東京)」という二つの気持ちから、地方でのボランティアをやってみよう!と考えた時に出会ったのがCMSPでした。

 

そこで過ごした、陸前高田市での一週間。

 

そこでは、「人と繋がれることの喜び」と「ポジティブに前を向いて力強く生きることの大切さ」を学びました。

 

■「地元住民の方と繋がって感じた、人と繋がれることの喜び」について

「地元住民の方との繋がり」

 

あれから4年半が経った今でも覚えているのは、初日に町の方の家に民泊をさせていただいた日のことと、町の方達と一緒にお楽しみ会を開催した日のことです。

民泊では、初対面の見ず知らずの大学生の私を優しく受け入れてもらったり、名前を呼んでもらったり、興味を持ってたくさんお話をしていただきました。

自分が今暮らしている場所とは別の場所に、新しい居場所ができた気がして、とても嬉しかったです。衝撃でした。

たった一晩でしたが、この時間を通して、陸前高田が好きになり始めました。

 

町の方達と一緒に開催したお楽しみ会では、町にある小さな公民館に地元住民の方が10名ほど集まって、カルタ大会をしました。行っていることはとてもシンプルなのですが、そこで過ごした、”公民館の外まで笑い声が響き渡り、集まったみんなが笑顔で過ごした時間”のことは、幸せな記憶として心に残っています。

この経験から、“目の前の人を笑顔にしたい”という自分がいることに気づくことができました。

■ポジティブに前を向いて力強く生きることの大切さについて

 

当時私は、人から嫌われることを恐れ、対人関係に苦手意識を持っていました。

そんな私は、プログラムの中で、出会ったおばちゃん、おじちゃんが、大好きな自然と関わりながら前向きに笑って生きている姿には、とても影響を受けました。

何か嫌なこと、大変なことがあっても、未来に目を向けてポジティブに生きたい、という気持ちが生まれました。

 

 

■まとめ

CMSPで過ごした一週間は、私にポジティブな気持ちの変化を起こしてくれました。そして気づけば3年半、定期的に陸前高田に通い続け、移住という選択までもしてしまいました。

あの時一歩踏み出して、CMSPに参加したことで、人生が変わったんだなぁということをしみじみと感じています^^

「大切なことはすでに足元に。」

 

22歳の私は、思い描いていた夢敗れ、未来を遠く感じていた。

何もしなくても訪れる明日を、ただ受容していた。

 

31歳の今はどうか?

 

足元に咲く野草から未来を生きようとする意志を感じて、涙が込み上げてくる。

明日も陽が昇りますようにと願いながら、よる目を瞑る。

 

広田では、これまで経験してこなかった日常があった。

太陽が昇る4時半、畑に出て野菜の世話をする。去年より芽が出るのが遅いな。朝ごはんにこの間引いた葉っぱでも食べようか。そういや、誰々がこの野菜楽しみにしてるって言ってたっけ。そんなことを考えながら鍬を持ち、食物を自分の手で育てる人がいる。

 

一時帰宅して家族の朝食を作り、洗濯物を干して6時半。海から船で帰ってくる家族を外で迎える。お疲れ様、の言葉と引き換えに籠いっぱいの魚を受け取る。誰かに届けるものと夕飯になるものとを仕分け、海からの恵みを自分の手で捌き戴く人がいる。

 

毎日同じことの繰り返しのようで、その営みは自然に委ねられ、時に自分の決断の連続である。そして決断の先にある誰かの顔を常に想う。私は広田のばあちゃん達からそんな学びをもらってきた。

 

ー 大切なことはすでに足元にある。

 

それに気付ける余白が今の自分にあるかどうか。

よく観察して、事実は何であるか。

自分のジャッジではなく、事実に対して自分のwantである声は何なのか。

そうやって問い続けることが、この10年で得てきたもの。

 

自分が感じたものは自分のもの。でもそれを誰かと分かち合った時、誰かの一部にもなる。

悲しい、嬉しい、悔しい、楽しい。

その全てが今この瞬間の宝物だから、それに蓋をすることなく、誰かと共に生きるスパイスにしてほしい。

 

これを読むみなさんより少しお姉さんの、、煙山美帆からは以上です。

 

CMSP ?期スタッフ

「”普通”って何だろう?」 

 普通の大学生は暇でなければならない。今の大学生は大学3年生くらいから就活を始めてしまうので、暇がない。これは良くない。

 

 暇は大学生の根源である。暇がなければ勉強することができない。遊ぶこともできない。大学4年間はあっという間に過ぎてしまったと回顧する人が多いのは、忙しかったからだ。大学生はもっと暇でなければならない。(大学生には税金が免除されているのは、大学生はもっと暇になれということに違いない)

 

 暇になると、自分は何をしようかと考える。僕は大学生の時暇だったので、東日本大震災の被災地に関わりたいなと考えてCMSPの運営スタッフになった。(CMSPスタッフは何をするのかよく分からず参加したらとてつもなく大変だった)

 

 CMSPのスタッフ(あるいは参加者)になると何がいいかというと、暴力的な意味不明な訪れに自らを投じることができることだ。初対面の人に対する時に漠然と感じる緊張感……。他者が自分に迫ってくる迫力はすごいものがある。(CMSPでは対話が重視されているので、自分は他者と面と向かって話すことになる)しかし、いったんお互いに境界をこえることができると、なんだかとても仲が良くなった気がする。

 

 誰かと仲良くなることがそんなに価値があるのか、と思うかもしれないが、本当に関係性を築くには自分と誰かとの差を認めることが必要だ。自分と他者は違う。その差を気にしなくてもコミュニケーションをすることは可能だが、それ以上の関係性を築くことはできない。CMSPのチームはしっかりとした関係性で結ばれたチームなので、仲良くなることはとても大事なのだ。そういう関係性はなかなか難しい。失敗することもある。

 

 そういう関係性を築いていると、普通っていうことの意味がよく分からなくなる。たぶん、世の中普通の人ならこうする、という行動規範や道徳はあるのだが、その背景に想定されている普通の人はいない。同様に、普通の大学生ならこうする、というモデルはあると思うのだが、よくよく考えてみれば普通じゃない選択をしている人もけっこういる。

 

 皆さん、一度とてつもなく暇になってみて、自分には今何が必要なのかよく考えてみるといい大学生になれるのではないでしょうか。暇になると、今まで気になっていなかったものが突然気になることがあります。一応、暇になった人にはCMSPも良い選択肢だと思います。

 

私のアナザースカイがマイスカイ

大学3年生の私は、クールに大人ぶっていた。

当たり前のように、大学に行き、友達と遊び、アルバイトして、、

思い描いていた大学生活ではあるけれど、どこか盛り上がりきらない感が

私の心の中にフツフツとうごめき出していた。

 

そんな時に、大学の知り合いが

「陸前高田市広田町に行ってみない?」と、声をかけてくれた。

 

震災復興というより、ボランティアというより

地方に暮らす人への興味、どんな町がそこにあるのか

好奇心から行くことを決めた。

 

そして初めて広田町に足を運んだ日、

私はこの町が、この町の人が好きになった。

好きになるには一瞬だったけれど、

この町で活動することで、たしかに私の中で動いたものがあった。

 

“大人”のイメージだ。

 

広田町に出会う前の私にとって“大人”のイメージは素敵なものではなかった。

私の周りで“人生が楽しい”と輝いている人がいないように見えていたから。

きっと、働くことはやりたいことや好きなことでなく、やらなければいけないことなんだというイメージがいつの間にか蓄積されていた。

 

でも、この町は違った。

 

泥臭く一瞬一瞬を思いっきり生きている人

少年のように自然との遊び方を教えてくれる人

自分の仕事のやりがいを楽しそうに語ってくれる人

 

この町には、かっこいい大人がたくさんいた。

 

どの人もみんな、

自分の気持ちに素直に生き、やりたいことをやるために頑張っている。

守りたいものは人それぞれだけど、その中でも一生懸命強く生きる姿から

大人になっても夢を描ける、追いかけられることを教えてもらった。

 

そして、もう一つかかせない存在の“仲間”がいた。

 

この町で活動する中で、

思いっきり笑ったり、顔が腫れるくらい泣いたり、

仲間と抱き合って喜んだり、眠気と戦いながら夜中まで話し合ったり、

町の人はもちろん、仲間がいつも一緒にいた。

 

一瞬一瞬がとても濃く、色鮮やかだった。

 

そんなかけがえのない日々を過ごし、見えてきた夢がある。

 

私に子供ができて、その子供が大きくなった時に

「お母さん大人になっても青春してるんだね」と笑いながら、呆れられながら、

羨ましがられながら、、

どんな風にかはわからないけれど、そう思ってもらえる日まで

自分が好きなことをしてバカやっていたい。という夢。

 

夢を描き続ける、追いかけ続けるという夢。

 

この町と出会う前は、夢を追いかけ続ける人を見て、

羨ましがりながら憧れながらも私には遠い存在と思っていた。

けれど、今となっては自分の夢であり、体現していきたい大人像となっている。

 

そう思えるようになったのも、

この町で、この町とみんなと出会えたから。

だから、私はこの町に移住した。

だから、私はこの町で夢を描き続けたい。

 

これから先、どんなことがあってもみんなと笑いながら歳をとりたい、

そう願う26歳の春@広田町。

変わりたいキミへ。思いもしなかった自分になれる

◆社会人向けの大学院の話

「なりたい自分になれるかはわかりませんが、思いもしなかった自分になれるはずです」

慶應SDMという大学院に通っていましたが、冒頭の大学院の先生の挨拶です。

 

なんだかすごくドキドキしました。

 

慶應SDMは僕のように大学卒業後の”新卒の学生”3割ほどと30〜50代の社会人学生7割ほどで構成されています。

ほぼ、社会人が通う大学院ですね

 

大人になってからの「学び」と言えばキャリアアップのためのスキル、専門知識って思うじゃないですか。

でもこの大学院では、「今の自分じゃない自分に出会いたい」という社会人が多く通っていたのでした。

 

◆ぼくたちは変わりたい

別に大学院の話をしたいわけじゃありません。

ぼくがドキドキした理由は2つ。

一つは「社会人になっても『変わりたい』って人がいっぱいいるんだ」ということ。何も学生の人だけが思うことではないんだということ。

 

そしてもう一つは「CMSPじゃん!」って思ったからです。

 

ぼくは、2013年の大学一年生の時にSETと広田に出会いました。

高校生の時には、NPOに関する本を読んで「社会をよくするってかっこいいな〜」って思っていました。高校3年生になる春休み震災がおきました。東京に住んでいた僕は、何もしませんでした。多くの方が亡くなり、財産を失い。自分自身も春の部活の大会が中止になり、強烈な記憶として残っているのに、何もしなかった。募金をしたぐらいだったかな。

 

一気に省きますが

大学1年で出会い、学生として陸前高田に通い続け、町が、まちづくりが楽しくなり、移住をしてきました。まちづくりの仕組みから挑みたい。SETの仲間達のようにまちづくりをがんばるプレイヤーを応援したいという気持ちから政治の世界の重要性を感じ、今は陸前高田市議会議員をやっています。

だいぶ、省きましたがw

 

東京都板橋区。サラリーマンの家庭に生まれ育ったぼくは大学の時間でいろんな変化に出会いました。まさか自分が政治家をやっているとは。

 

◆変わりたいキミへ

ぼくは今27歳です。大学生のキミからしたら

・大人?

・意志を貫き通してる人?

・自分とは違う人?

に見えるかもしれない。

 

けど、ぼくはずーっと大学生してる気分です。

仲間といると楽しい。できないことがあって悔しい。人の役に立ててうれしい。

4年後何してるかわからない。悩みだってある。

そして

 

「変わりたい。」

 

って思う。

 

「変わりたい」と思うのは劣等感もあるかもしれない。

まあ、それだっていいじゃない。

それに、新しい自分に出会えるってのは素敵なことだと思うよ。

 

ぼくは大した人間ではないけれど

変わることに慣れている。と思う。

 

自分の想いに悩み、人と生きて、触れて。互いに影響しあう。

仲間が僕を変えてくれたし、ぼくも少しは仲間の人生に貢献している。

 

大学生の時にそんな時間を過ごせたからこそ、

ずーっと心は大学生。

だから、今もキミみたいに悩んでるし、変わりたいと思う。

 

変わった先には何が待ってるかなんてぼくもわからない。

 

でもね。

ぼくは、「変わりたい」ってこの先もずっと思っていたいな。

普通って難しい

普通とはなんでしょうか。

聞くと皆さんはどのようなことを思い出すでしょうか。

 

なんとなくですが

教えられるものではないけど、

皆が当たり前だと思っているもの
みたいな気がしています。

 

例えば、僕が思っていた当たり前とは
「なるべく良い学校を出て、なるべくよい会社(正社員)に入るのが良い」

というのは

教えられたわけではないけど、当たり前だと思っていました。

 

それ以外にも

「大学4年生になったら就活をして就職をする」

とか

「仕事=辛いけど生きるためにやらないといけないもの

みたいなものも

 

ある意味当たり前(そういうもんなんだな)という風に疑わず

生きていました。

 

でも

そうはない生き方があること

当たり前を疑うことを知ることができた出会いがありました。

 

それがCMSPや広田町、SETでした。

 

普通にのほほんと生きていたら出会えない、

自分の感じていた当たり前ではない

生きる道がそこには沢山ありました。


大学を卒業したら、絶対に就職する。ではなく

仕事は辛くて生きるためにやるもの。ではなく

社会の当たり前が正解ではない。どんな自分の選択でも正解にしていく。

 

普通の自分のレールでは出会えない違う世界観や価値観を持った人たちと

一緒に時間を共にしながら、活動をしていく。

 

その活動のなかで知ることができたのは

事実で見てみると、
少し今のリアルな社会とずれているものが沢山ある。

社会の変化に対応できていないものがいくつもある。

では、今のリアルな社会にあった、生き方や考え方、活動はなんだろう??
というもの。

 

確かに思えば、10年ちょい前まではスマートフォンなんて無かったですし

出てきた当時、こんな誰もが持っているものになるとは思っていませんでした。

 

テクノロジーが発展して

グローバル化が進み、

日本は人口が減り

時代の変化は著しく早くなる

 

なのに、社会の普通(当たり前)は変わらない。

それはずれても致し方ないことなのかもしれないですね。

 

今までの普通が普通じゃなくなってきている。

そしてその普通を疑い、

自分らしく、人生を進めていくことが求められていると思います。

 

自分の人生の本当のwantと向き合い

他人のwantと向き合い、対話し

そしてお互いに理解しあって一つのものを作ってく

この変化の激しい時代で生きための強さ

そんなものが手に入るかもしれません。(あくまで自分次第だとは思いますが)

 

普通って難しいですね

でも、自分で選んで自分だけに普通を作ってきたいですね。

頑張っていきましょう。

頭を抱えて生きていく

「これから君たちが生きるのは今まで以上に変化が激しい、不安定で不確実で正解がない時代だよ。」学生をやっていると、将来への不安を煽る様々な声を聞く。人の寿命が企業の寿命を上回る時代。自分にしかできないことや自分なりのミッションを胸に、自分の中のバランス感覚を強めていくほかないんだなあ。

 

でもそんなことって、本当にできるのか?資格や学力で評価され、自分の価値なんてわからない。勇気を出して行動すると「意識高いね」と一蹴される。自分が本当に思っていることなんて話せない、みんな離れていってしまうから。「答えはない。」そう叫ばれる世の中だけど、周りは答えを持っていそうで自分がどんどん小さくなっていく。

 

僕がCMSPで経験したことは、わからないことだらけのこの世の中を、思い切り生きるための方法だ。

 

 

CMSPは「Change maker study program」の略。日本語訳すると、変革者育成事業なのかな。自分から変わること、これをなによりも大切にしている場所で、環境にとらわれず自分の手で理想を現実にしていく挑戦をする、そんなChange Makerを世の中に増やすことを目的に活動している。

少し自己紹介をすると、僕は2020年の10月から大学を休学し、広田町に住んでいる。CMSPでは、チームリーダーという立場についていて、CMSPをもうしばらく続ける、ということ以外、この先の人生なにも決まっていない。ちなみに今季でリーダーは二回目。CMSP歴が比較的長い分、率先してChange Makerの価値観を体現していきたいところ、なのだが、挑戦することってとても怖いことなんだなあ、という考えが最近の僕の頭の中を占めてやまない。コロナのご時勢、今までと同じ形でのプログラムはできないし、このまま休学期間をここで過ごすのは、果たして自分の人生にとって最良の選択なのかどうかわからない。そんなモヤモヤが僕の中を渦巻いていた。先行きが見えないのはとても怖い。答えなんてないのはわかっているけれど、この道が正しいのかは正直わからない。

 

話は変わるが、竹原ピストルの「よー、そこの若いの」という歌にこんな歌詞がある。(この歌はCMで有名になったので聞いたことがあるのではないかなあ。)

 

‘‘とかく忘れてしまいがちだけど とかく錯覚してしまいがちだけど 例えば芸能人やらスポーツ選手やらが 特別あからさまなだけで 必死じゃない大人なんていないのさ

よー、そこの若いの こんな自分のままじゃいけないって 頭を抱えてるそんな自分のままでいけよ‘‘

 

この歌詞を見るたびに、悩んでいてもいいし、人が自分の人生を前に進めるときって、必ずしもスッキリした状態ではないのかもしれないな、と思える。今、僕は人生に迷っている。でもだからこそここで頭を抱えながら思い切り人生をかけた半年を送ることに意味があるのかもしれない。答えのない世の中だからこそ思い切り、生きてみたい。